コラム

「知れること」バリアと消費者認知

我々は普段から「消費者認知」を基本にマーケティングやリサーチを組み立てている。消費者認知は以下の5段階に分解して考えるとわかりやすい。
①まず、商品・サービス、企業名、ブランド名などを知っている人が何%いるかという認知率(知名率)。
②次に、どこから知ったかの認知経路。
③認知率がわかれば、内容をどの程度理解しているかの認知内容。
④認知内容は、好意的か否定的か(無関心か)の好意度でランク付け。
⑤さらに、その認知(好意度)はブランド選択行動に結び付く感情的・情動的なものか。(インサイト) 
以上のステップで消費者認知を深堀りしてマーケティング戦略を組み立てていく。
リサーチの質問文作成もこの5段階に従うとミスや抜けのない完璧な調査票ができあがる(はず)。

認知率、知名率という指標の背景には「消費者は知らないものは買わない」との前提がある。消費者行動論はAIDMA思想に支えられていて、まず、知ることが起点になっている。
だから、AIDMA思想では衝動買いやイノベーターの消費行動は、分析、理解できないと考えたほうがよい。
マーケティングのもうひとつの基本として「大量」思想、スケーリング思想がある。マーケティングは大量生産、大量流通、大量消費、大量宣伝の4つの「大量」に支えられている。
多品種少量生産、小口配送、個性消費、1on1など(大)量を指向する考えは見直されているとはいえ、マーケティングは「スケール」しないと生き残れないのも事実である。
消費者認知をスケールさせるには情報(広告)の大量投下とともに複数の経路から情報を届けることが効果的である。
パーセプトロンの図式そのままに多数のノードからの入力があった方がアウトプット(認知)の確率は上がるのである。ここから、認知経路を把握することが重要になる。
スケーリングとともに、マーケティング思考の強い前提として、認知(知ること)と行動(購買)が強く結びついていないと、認知そのものに意味がないという信念がある。
どんなに体系化された知識、教養よりも、中途半端でも「買い物行動」を惹起する知識(消費者認知)が圧倒的に価値があると考える。
学問としての知はそのままではマーケティング的価値はない。
例えば、小学生がクルマの詳しい知識を持って好きな車種の良い点を正確に述べたとしてもマーケティング価値はゼロに近い。
(親を通して行動=購買に影響を与えることはあるが)
だから、認知内容、好意度もスペック的知識、憧れ的好きではなく、購入に直結する認知内容、例えば「自分の書斎にピッタリサイズの椅子」 とか「この椅子は予算内で、好きなデザイン」とかの認知内容、好意度である必要がある。
以上をひっくるめたのがインサイトと言われるもので、このインサイトは状況(タイミングや時間の流れ)によって変化する。

ここで、「あなたがまだ知らない素敵な商品、サービス、生活シーン」がここにあります、と消費者に知らせて、買ってもらい、活用してもらって、何回も買ってもらうというマーケティングの成功パターンの第一歩を踏み出すマーケターを考える。 
テレビ、電話、インターネット、口コミなどの手段、ニュース、広告、記事などの媒体などを的確にミックスして自分のコンセプトを伝えようとする。
このとき、マーケターは「伝わらない(認知率があがらない)」壁にぶち当たることが多い。
消費者視点に立って発想し、消費者調査で受容性をチェックし、考え抜いたコンセプトを的確なコンテンツに仕上げ、コミュニケーションミックスを組み立て、一定規模の予算を投下したのにである。 
考えられる理由として、
①知らせる内容(コンセプト、コンテンツ)が高度で複雑過ぎる(難しい)
②世の中のトレンドの先を行き過ぎている(1歩先ではなく半歩先を提案するという鉄則?)
の2つが考えられる。
①については、マーケティングのコンセプトは相対性理論ではないので、難しければ、わかりやすく噛み砕けばいいだけなのでクリアできる。
②についても、トレンドの先を行き過ぎていれば、待つか、内容を近未来に変更すれば良い(遅すぎたら失敗しかない)。
①、②をクリアしも想定通りの消費者認知が得られないこともある。
そこで、「消費者に知らせたいことではなく、消費者が知れること」は何かとの視点でコミュニケーション戦略を考えることを提案したい。
消費者に知らせたいことは、消費者視点から発想されたことでもベクトルはマーケターから消費者への一方通行である。
マーケティングは意思や行動の問題であるから当然とはいえ、これでは消費者の認知の壁は越えられない。
消費者の認知の壁とは『消費者は「自分が知れること」の中で生きている。』という事実である。
自分が知れることの壁を作る理由は、消費者は確固たる自分の生活基盤を持っており、生活のために生活するというトートロジーの中を 生きているからである。
生活基盤と結びつかない情報はスルーであり、無意識のうちにスルーしている。
受容する神経細胞がない状態である。
「自分が知れること」バリアは消費者調査でもなかなか表面に出てこないので、マーケティングプロセスで根強い障壁となる。
この解決には消費者調査だけでなく、マーケター調査、カウンセリングが有効であろう。
(相対性理論は教養の認知であり、生活基盤である「自分が知れること」のバリアは外れる。
ただ、バリアが外れるだけで理解できるわけではない。)

 

2021.4

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