コラム
MIDサイクルの回し方
MID(Marketing、Innovation、Delivery)の具体的な「回し方」考える。
M(マーケティング)は、消費者の満足の絶頂を観察、インタビューすることで「不」を発見する
現在の生活への「不満、不足、不全」 は何か発見する方法を考える。
この「不の発見」作業において、消費者に直接「不満、不足しているものは?」「あなたが欲しいものは何ですか?」と聞くようなことは誰もしない。
聞かれてすぐに答えられるような「不満、不足、不全」 はすでに対策済の商品、サービスが導入されているか、検討されているはずである。
あるいはクレームにつながるでけである。
我々が知りたいのは、消費者本人さえ自覚的に気づいていない「不」なのである。
消費者が自分の生活の「不」に自覚的になれないのは、当の「不」を認知的不協和として自ら解消してしまう心理傾向があるからである。
生活者は、現在、生活している(これを使っている、食べている)ことへの潜在的不満・違和感があったとして、生活を変えようと行動を起こすより、不満・違和感を認知的不協和として、認知の方を変えることで解消するほうがストレスが少ないのである。
こうした困難があるが、不を発見できない限りMIDサイクルは周り始めない。
次にリサーチから不を発見する方法を提案する。
消費者インタビューで「不」の発見を目指す時、「不」を聞くのではなく、「一番気に入っているポイントは?」を聞き、そこを深くプロービングする
ことが「不」の発見の近道である。
「不」は満足のすぐとなりに潜んでいると心得る。
データの定量的分析の場合は、基本統計量からは「不」を発見できないと心得、個票に注目すべきである。
具体的には基本統計量でヘビーユーザーを特定し、ローデータをスクリーニング質問から最終まで「横に読んで」行く。
これを数サンプル、ライトユーザーや競合ユーザーも含めて見ていくことで、不のストーリーの気づきを得る。
3つ目として「セルフペルソナ法」と名付けた方法論を提案する。
分析者自身か、開発チームの誰かをターゲットユーザーに設定し、その人になりきって生活シーン再現(演技)してもらうのである。
それを観察者の視点をもって、行動やその時の気持ち、気分を分析して「不」の発見につなげるのである。
もちろん、対象者がリクルーティング可能なら、普通の観察調査を行えばよい。(だから、セルフ・エスノグラフィーとも言える)
不の発見にはで「禁じ手」もある。
不用意に使う手としてブルーオーシャン戦略の提案がある。
2軸でのポジショニングを行うと多数のブランドが表示される象限とほとんどポジションされるものがない象限とに分かれる。
そこで、この参入ブランドの少ない象限を「不」の領域としてここを深く分析してコンセプト開発つなげようとする提案をしたくなる。
この空白領域は、利益が見込めるだけの市場規模があるか、参入して撤退したブランドの数はどれくらいか、ターゲットにアプローチできるか
の3点をチェックする必要がある。
ニッチ戦略と呼べるほどの市場規模もない、多数のブランドの墓場である、ターゲットに近づく手段がない、などの理由で空白であることが多い。
もうひとつの大きな禁じ手は、不は不でも「不安」を訴求してしまうことである。
ある意味不安の訴求は簡単である。不安の背後には「わからない。
可能性は排除できない」との文字通り不安心理がある。
不安をついた新商品は、トンデモ、インチキ商品になりやすい。
現在の市場では「太る、ハゲる、老化が進む、病気になる、臭う」などの要素は「不」よりも不安に偏るので注意すべきである。
MIDサイクルのI(イノベーション)のジレンマはコンセプト開発で発生する
MIDサイクルのイノベーションは、クリステンセンが取り上げたようなイノベーションではない。
クリステンセンの研究にある経営にジレンマを起こさせるようなイノベーションはそうそう起こるものではない。
Mで発見した生活の「不」を解決・解消すべく、不の構造化を行い、製品・サービスのコンセプトに仕立て上げ、コンセプトを実現した製品・サービスを
設計・作成するプロセスがMIDのイノベーションである。
製品・サービスの設計・作成は純粋に技術的なことなので、「できる・できない」の判断はしやすく、ジレンマ状態に陥ることはほとんどない。
MIDサイクルのイノベーションでジレンマといえる状態はコンセプト開発の過程で発生しやすい。
不は発見できたが、コンセプト化が困難、コンセプトはできたが受容性が極端に低いという状況がMIDサイクルのイノベーションのジレンマである。
コンセプト化が困難な原因として、発見した「不」がそもそも見当違いという場合がある。
極端な例だが、「給料が安い、生活費が足りない」といった不を発見しても、マーケティングや新製品開発につなぐ事はできない。
もうひとつの原因として現在の技術水準、社会状況で具体化は可能であるが、可能性の域を出ないという状況がある。
例えば、「目的地に直線的に行きたい」との不に対して、一人乗りのドローンというコンセプトは、技術的、社会状況的にも数年先になる。
このように、不の発見からコンセプトワークへのプロセスは線形が進むことはない。
コンセプトワークで発生したジレンマ、ボトルネックは強行突破するより、バックループを持ち込むことで解消を目指す。
コンセプトワークの起点となった「生活者の不」に戻ってみると、多くの場合、「不の構造化」が不十分(こっちの不)であることに気づく。
「我発見せり」は、考え続けてきたことがあるきっかけで、一挙に構造化した認識に達することである。
それに対して単なる思いつきをひらめきと誤解してあたかも不の構造化ができたように勘違いしてコンセプトワークに進む失敗が多い。
発見したとした生活者の不を再度検討して、本当に不と言えるのか、マーケティングで解決できそうか、社会的に許容される方向性があるかを再検討
する。
必要であれば改めて調査や情報収集を実施する。
バックループの作業を受けて再びコンセプトワークを行い、また、ボトルネックが発生すれば戻って再検討を繰り返す。
バックループの繰り返しが必ずしもボトルネックの解消を保証はせず、「諦め、断念」するMIDサイクルも多い。
製品サービスの具体的な開発、つまり投資が始まる前に撤退できることがこのバックループ組み込みの意義である。
コンセプトが固まり、受容性も評価出来たら、コンセプトの具体化、つまり製品・サービスを作る作業に入る。
ここでも新たな困難が出現する。
今度の困難の原因は、メンバー・関係者が増えることが大きい。
コンセプトワークまでは、少人数のプロジェクトチームだったI(イノベーション)が、ここからは研究所、デザイナー、広告部門、営業なども絡んでくるので
まとまってひとつの方向をめざすのが難しくなる。
それぞれ、特有のスキルや経験があり、出身部門の利害や意向を背負った人たちが集まるのだからまとまらいのが当たり前である。
統一コンセプトに基づいて開発したプロトタイプのネーミングとロゴデザインがちぐはぐだったり、イメージカラーがどうしても合わないなどの齟齬が続出する。
この調整に失敗すると構成メンバーがお互いの仕事に理解とリスペクトを持てなくなり、チーム自体が空中分解する危険が大きくなる。
ここでは、マネジメントの統率力が必要だし、構成メンバーの合意・結束力回復のためにはペルソナをつくる必要が出てくる。
ペルソナの作り方、使い方にはいろいろ誤解が多いが、この開発メンバー間のコンフリクトを解消することがペルソナの最大機能である。
http://www.auraebisu.co.jp/products/howto05.html
開発過程で露呈するメンバー同士のコンフリクトを「ペルソナの○○さんだったら」と皆が考えることで解消するのがペルソナの機能である。
MIDサイクルのイノベーションは「やわらかいイノベーション」である。
イノベーションという言葉は「画期的」や「革新的」内容が期待されるが、生活者の日常的な不を解消するには革新性よりも「目のつけどころ」が大切である。
生活者ではなく、企業が持つ「不」の解消を目指すマーケティング施策ももちろんある。
これらのマーケティング施策も重要ではあるが、MIDサイクルを当てはめずに遂行する。
MIDサイクルのD(Delivery)はラストワンマイル問題である
MIDサイクルをマーケティングの4Pとの関係性でみると、4PのProductをMIDではMarketingとInnovationの2つに分け、残りの3PをDelivery
ひとつにまとめあげている。
これはMIDサイクルは新製品・サービスの開発を目的とするので未来志向の視点を持つのに4Pは現在・過去に視点が向いているからといえる。
特にB2Cの消費財市場では、4PをProductとPromotionの2Pに集約した方がマーケティングプロセスを説明しやすい。
Placeは店頭やECサイトの管理化で自社のコントロールが効かない、Priceもそのジャンルの「値ごろ感」を無視した値付けは困難なので
やはり、自社のコントロールは及びづらい。
M(マーケティング)で生活者の「不」を発見し、I(イノベーション)で新製品や新サービスを作りあげれば、自然に市場に浸透していく(売れる)
と思うような「お花畑」のマーケターはいない。
新製品・サービスを適正な価格で適正な流通ルートに乗せ、ターゲットの心に届くコミュニケーション施策でMIDサイクルは完遂する。
ところが、ここD(デリバリー)にもボトルネックはある。
それは「ラストワンマイル問題」と言える困難であり、このボトルネックはMやIのプロセスとは違う解決法を要求してくる。
種々の調査で「いける」とされた新製品でもこのラストワンマイル問題で、やり直しの憂き目にあうことが多い。
プロジェクトが空中分解することもある。
ラストワンマイル問題とは、新製品の開発の後の、広告表現、配荷(流通)、価格設定など多岐にわたるので場面で発生する。
難しい問題だが、ラストワンマイル問題は以下の2つの要素がからみあって発生すると仮説的に考える。
①M、Iのプロセスはイノベイティブな作業であるが、Dのプロセスはルーティン・固定的な作業が多くなる。
②M、Iのプロセスは、少数(精鋭)の開発チームだが、Dのプロセスには多くの部署・人間が関係してくる。
新製品開発はプロジェクトチームが組織され、イノベイティブな姿勢・思考、クリエイティブな能力が必要な創造的作業である。
その新製品を消費者に届けるD(デリバリー)は従来の営業・配送、コミュニケーションシステムを使うのでルーティンワーク的作業になる。
特に営業部門は、日々の売上数値を持たされているので、売りの数値が不確実な新製品には懐疑的になる場合がある。
ラストワンマイル問題は、I(イノベーション)の後半で発生しする問題と似ている。
このボトルネックはプロジェクトチームの組織管理から通常の組織・マネジメント管理への引き継ぎの問題と言える。
MIDサイクルはその最後で通常マネジメントに組み込まれることで完了する。
2021.9