コラム

「三位一体モデル」

「マンガ中沢新一の三位一体モデル」といった印象の本です。
中沢新一は、「チベットのモーツアルト」以来、わりとしっかりトレースしてきた哲学者です。
当時は、「トンデモ本」ではないかと少し距離をおいていましたが、最近の中沢先生は、「緑の資本論」「対称性人類学」「芸術人類学」でゆるぎないものを作ったといえそうです。
緑の資本論でイスラム原理主義とテロリズムの相関が「一神教」のパラダイムのもとで説明され、理解、共感した憶えがあります。
キリスト教が現代資本主義を受容し発展させたのに、一神教ということでは同じイスラム教が「利子・利息」という資本主義の根本的要素を認めないのかという疑問に対して中沢三位一体モデルは、「精霊」概念の導入の有無で説明しています。
その「精霊」概念は、対称性人類学と芸術人類学で納得的に理解できます。
三位一体とはもちろん「父と子と霊」のことです。
霊=精霊は「増殖し、躍動し、拡大し、伝染していくもの」であり、父や子のようには信用できないものとされています。
但し、この精霊こそが三位一体モデルをダイナミックなモデルにしているのです。
中沢先生は、「精霊」を「貨幣」のメタファーとして、現代のグローバルな資本主義の浸透(侵略)を説明しています。

ここで、マーケティングの世界を精霊をメタファーとして描いてみると、消費あるいは消費者は精霊そのものといえます。

  • 消費、消費意欲は日々、増殖しないと「不況」になって世界は暗くなります。
  • 消費社は、意識も行動も躍動していて、一寸先の消費行動も予測できません。
  • そのくせ、ある方向に「流行」として拡大する可能性が常にあります。
  • 流行=伝染も突然終息するかと思うと逆方向への拡大・伝染します。

このような精霊を捕まえる「父」や「子」の論理をマーケティングはまだ持っていません。
マーケティングモデルといわれるものは、まだ、どれも信用できません。

精霊はauraに通じます。というより、auraは精霊そのものです。
aura=精霊のような消費行動を「父」や「子」の視点で分析しないとリサーチは成立しませんが、そうして作ったモデルは常に精霊によって裏切られ、あしらわれ、軽く笑われてしまいます。
それを覚悟で市場分析、消費者分析をしていくのです。

2006,12

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