コラム

ハイパーモデレーション

1.定性調査はAI(LLM)で代替できないか

AIの進歩はとどまるところを知らない。
各所で人間の仕事をAIが奪う、代替する事態が起こっているとのニュースがある。
定性調査の分野では企画書作成は人間のチェックは必須だが、ほぼ、AIで代替できるようになった。
体験が少ない分野やテーマの場合、Google検索して知識を増やすよりAIのプロンプトを叩けば数秒でそれなりの企画書が出てくる。背景、目的、仮説、インタビュースクリプトまで書き出してくれる。後は、人間がサンプルサイズと日程を決める だけである。ただ、そのまま使えるレベルではなく、人間がチェック、修正する必要がある。
2025年末現在、AIシフトが完了した定性調査の作業パートはないと言える。
発言録作成は文字越しの精度が上がり、人の速記者より早く仕上がるのでインタビュー中から、少し前の発言を確認できるなど見学者の利便性は上がっている。
しかし、分析に使ったり、完成品として納品するには人のチェックが必須で、読んでみるとAI独特のクセがあったり、AIがつくウソが発見できたりする。
企画書や発言録などの事務的作業の代替とは別に対象者とモデレーターを代替する動きもある。
AIが対象者(ペルソナ)を大量に生成し、人間のモデレータがインタビューする方向と、人間の対象者をリクルーティングしてAIのモデレーターがインタビューするという2方向がある。
いずれも不完全なインタビューであり、「探りを入れてみる」程度にしか使えない。
発言録を読み込ませてサマリー作らせる、分析させるなども試みられているが人間の仕事を代替するに至っていない。


2.定性調査とAI(LLM)との相性はよくない。

定性調査がAIで代替できない理由の仮説をいくつか考える。
AIがもっと進化すれば代替されるだろうが、現在のところ、以下の理由で代替が進んでいないと考える。
 ・定性調査はPDCAを回すために使われることは少ない。
 ・対象者の発話は予想できない。LLMの発話はプロンプト前後の確率分布に基づいている。
 ・対象者の発話のデータベースは生活そのものである。LLMの発話は全世界?を背後に持っている。
 ・モデレーションには身体性がつきまとう。LLMの身体性は完全にはできていない。
 ・身体性ゆえにインタビューには力関係の勾配ができる。

 

3.定性調査には検証という目的が少ない。

市場調査の目的は事実の把握と仮説の検証にある。
例えば、先月のインスタント麺の市場シェアを知って、各支店の成績を評価したい。
仙台支店の営業成績が前年同月に比べて大幅に伸びたのは仙台支店の春夏のキャンペーンの効果である。
この2つのテーマは通常定量調査という方法を採用する。 成績評価はシェアの数値で行う。
自社の成績はわかるが、他社の売り上げデータがないとシェア計算できない。
何らかの方法で他社の成績を調査する必要がある。 仙台支店の春夏キャンペーンの効果の測定はつぎのように考える。
他支店の伸び、つまり、2025ー2024年の差の数値と仙台支店の2025ー2024年の差を比較して、仙台支店が上回った分がキャンペーン効果とする。これを差の差の分析という。
 (もちろん、他の要因も考慮してキャンペーン効果だけを析出しなくてはいけない)
2025年の売り上げシェアの事実の把握と仙台支店のキャンペーンは効果的であった、との仮説検証が調査によって達成できた。これを資料に2026年の春夏キャンペーンを企画しようと作業が始まる。
このように施策の企画→実施→結果検証→施策改善→、これを繰り返す戦略をPDCAを回す、という。
PDCAを回すには結果、評価が数値で出てくる必要があり、その数値が出てきた根拠は深く追求しなくてもよいという 暗黙の了解がある。しかし、この理由の追及をおろそかにしているとPDCAが回らなくなる。
理由の追及は定性調査が得意とする分野である。
先の例では仙台支店の春夏キャンペーンの有効性の中身、構造を分析する必要がある。これは定量的にとらえる必要ははなく「どこが、どのように、誰に評価された」かという定性的表現がよい。
だから、結果・結論の速さより、精度と構造的信頼性が重視されることになる。
事実の把握、仮説検証はAIが代替しやすいが、定性的評価はまだ、人間の分析が優れている。


4.生身の対象者の発言は確率分布など無視してる、LLMは確率分布に従う

AI(LLM)人間の脳の容量を超える膨大なデータを持っていて、日々データを収集している。
文書データだけでなく 会話、画像、動画データも取り込んで10の乗数倍で、21乗(ゼタ)とか24乗(ヨタ)などの膨大という表現も かすんでしまうデータ量を保持している。
それをNN(ニューラルネットワーク)などを使って文章や画像をアウトプットする。
よく理解・納得しているわけではないが、LLMはプロンプトの前後に来る単語や文章の中で確率的に最も可能性の 高いものを選択しているということである。
だから、回答できない質問はないということになる。
一方、生身の人間は自分が知っている、学習したこと、あるいはその組み合わせでしか回答できない。知識、学習量は、 LLMの足元にも及ばない。
ただ、確率分布を無視しているので、発言の中に思わぬ「価値」が含まれることがある。
それを期待できるのが生身の人間相手のインタビューである。


5.生身の対象者の発話のデータベースは生活そのものである

LLMは知識(文章)を積み上げることをやめないし、忘れることもない。
生身の人間は勉強嫌いが多いし、覚えたこと のほとんどを忘れてしまう。
データとして保持しているというより、データの中で生活しているのである。LLMには生活はない。
生活に直結した地点から生活そのものについて発話してくれる生身の対象者価値はそこにある。
マーケティング施策の評価ではこの生活現場からの評価が必須である。
LLMがしばしばつくウソは救いようがないが、対象者の「ぶっ飛んだ」発言は分析する価値がある。


6.LLMはまだ身体性を持っていない、対象者は身体性の塊である

LLMの知識量は我々をとっくに凌駕しているし、この差は広がるばかりである。
時々、ウソをついたり、捏造したりするハルシネーションがあるとしても返答の速さ豊かさではかなわない。
ハルシネーションが起こるのはLLMが身体性をまだ持ち得ていないことも大きく影響している。
LLMのはコンピュータの中に身体性を持つのか、アバターのような形で持つのかはわからないが、やがては身体性のような ものを持つことは予想できる。
しかし、現在のところ身体性はない。
身体性がないのでLLMの回答は論理的ではあるが「何か足りない」感覚を持つ。
言い換えれば言葉や文章が記号 接地していないのである。
対象者は生身の身体を持っているので身体性は疑いようがないが、それでも身体性を欠いた発言もある。
 「こういったキャンペーンを好きな人はいっぱいいると思う」などの発言は身体性から離れて頭、意識の中だけで発言して いると言える。


7.身体性は力関係につながる

人を含む動物は知らない個体同士が出会ったとき、マウントを取るというか、どちらの力が強いかの探りを入れる。
その争いが場所(縄張)の取り合いという形で起こることがある。
今は1人掛けの机が主流の小学校でも2人掛け机の時代は「ここまでが自分の領分」を示すために真ん中に線を引く 子が多くいた。
それを鉛筆削り用のナイフで書いて、先生に怒らる事案が発生していた。
インタビューのモデレーターと対象者、対象者同士も初対面がほとんどである。
インタビューでは席、場所が決められているので場所の取り合いは起こらない。
会場のセッティングで「お互い、手を伸ば せば握手できる近さと殴り合うには遠い」距離を保つという鉄則を守っているからである。
この闘争はお互いが生身の身体を持っているから起こるのである。
AIの身体性をスマホ、PC、などハードに想定するか ChatGPTというソフト、システムに想定するかの問題をおいて、いずれにしても、AIに身体性があるとの認識はない。
場所取り闘争は避けられても「どちらが上」かの地位の闘争は解決しない。
ふつうはモデレーターが依頼者で対象者が 受諾したという関係なので「モデレーターが上、権力者」との認知になる。
この認識のままインタビューに入るとモデレーターが尋問者に見えて、インタビューが質問→回答のパターンから抜けない。
この尋問型インタビューーではわかっていたことの確認しかできない。
力関係をフラットにし、テーマについて自由闊達に話してもらえるように工夫することで「発見のあるインタビュー」になる。


8.ハイパーモデレーション

モデレーションの基本は生身の人間同士の会話からテーマに貢献する知識、気づきを発見することである。
企画書作成や報告書の体裁を整えるためにAIを使うが、インタビューの現場ではAIを排除する。
モデレーションをハイパーにするために、
 ・三項関係の重視
 ・システム0からシステム3までの分析構造
の2点を重視する。
三項関係は簡単に言うと下図右側のような関係を作ってインタビューすることを言う。
モデレーターと対象者の関係だけでなく、対象者AとBの間にも強い関係を持たせることを言う。
こうすることでモデレーターと対象者の対立関係(上下関係)が自然に解消され、対象者同士の自由な会話が 成立する。さらに副産物的に自然とモデレーターにメタ認知の視点をもたらすのである。
メタ認知の視点とは、AとBの会話を「鳥の視点」で分析できる視点のことであり、会話に参加しているよりも離れて観察する方がその視点を得やすい。
この三項関係をつくるのに「リエゾンインタビュー」が適している。
図の左側の関係ではメタ認知を得るにことが難しい。

人間の認知、意思決定プロセスは直観的で速いシステム1の後に論理的でゆっくりしたシステム2が参加する二重過程 であると主張したのがカーネマンである。
日常の買い物行動ではほとんどシステム2が発動しないような習慣的、自動的なブランド選択が行われている。
システム1の前にシステム0を、システム2の先にシステム3を付け加える意思決定プロセスを提案したい。
システム0は現在までに投下した広告資産、流通支配力、通販サイトの利用状況などの環境と考える。
システム1、2は個人の意思決定プロセスだが、この上に集団の意思決定を想定し、それをシステム3とする。 
システム3は、集団としての意思決定プロセスであり、マーケティングは基本、集団を相手にしている。

 

2025.12

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